令和8年度受賞者の事績

更新日:2026年11月03日

山本 博 氏

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山本氏は、窯業を営む家に生まれ、少年時代は土に、やがて木工に親しみ、茶杓造りは現在も続いています。青年期には医学に志し、臨床医を経て、生化学・糖尿病研究に日々邁進されました。こうした研究の成果として、特に糖尿病血管合併症に関して、顕著な学問業績を挙げられました。また、金沢大学では、医薬保健研究域学域長や理事(国際・附属病院・同窓会担当)・副学長を歴任、医学分野を中心に研究教育管理運営に貢献されました。

南加賀地域初の4年制大学となった公立小松大学には、設置準備段階から関わり、以来「入試と就職が重要になる」との認識から、一貫して教育の質保証と研究力の強化、さらにはキャリア形成支援に注力されました。

平成30年、公立小松大学の初代学長に就任後は、教育研究体制のさらなる充実を主導され、高等教育機関としての基盤を築くなど、大学の振興、発展に大きく貢献されました。

氏は、「医学と教育はよく似ている」と語り、学生目線を忘れず分け隔てなく“平等”に接し、常に最善を求めるという“高い理想”を掲げ、信念と情熱をもって大学憲章の起草や産官学連携によるシリコンバレー研修の実施など、数々の事業に取り組まれました。特に、大学院設置に向けた準備を自ら指揮して令和4年に大学院サステイナブルシステム科学研究科を創設し、教育研究機能の飛躍的な向上を実現しました。これらの取組が奏功し、大学では安定的に入学者を確保するとともに、就職内定率は毎年100%、国家資格取得率も高水準を維持しています。

「愛児愛校愛地」を初心に掲げ、学生、大学は地域と共にあると説き、産業界と連携するための公立小松大学協力会の創設や、市民公開講座や社会人教育を通じて、大学の門戸を広く社会に開くとともに、学生の地域参画も積極的に後押しし、大学と地域をつなぐ架け橋として大きな役割を果たされました。温厚で誠実、親しみやすい人柄から、学生からの厚い信頼を受け、名誉学長となった現在も毎週のように大学の授業に登壇されています。

このように氏は、高い識見と理想をもち、大学の持続的な発展の礎を築くなど、市の高等教育の発展に大きく貢献されています。

西 正次 氏

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西氏は、昭和53 年に株式会社丸西組に入社、平成3年に代表取締役社長に就任されました。卓越した経営手腕を発揮され、建築工事業への参入にとどまらず、将来を見据えた事業の多角化を進めるなど、事業の安定化を推進し、地域を代表する企業としてその地位を確立しました。こうした取り組みや姿勢は業界・経済界の模範となり、小松能美建設業協会、石川県建設業協会、石川県経営者協会、北陸経済連合会の要職を歴任し、地域全体の発展にも尽力されています。

平成28 年からは、小松商工会議所第15 代会頭に就任されました。地域の総合経済団体としての役割を強く認識し、高い使命感を持ち、関係機関へ雇用の確保や公共事業拡充などを積極的に働きかけられました。特に、新型コロナウイルス感染症や能登半島地震といった度重なる災害等が発生する中、被災事業者の事業再建や中小企業対策のために先頭に立って取り組まれるなど、市産業界の総合的な発展に大きく貢献されました。このことは、氏がこれまで培ってきた豊富な知識や経験、実行力により成し得るものであり、産業界を大きく牽引する重要な役割を担われました。

なかでも、人材育成・確保においては、かねてから「高校生の進学時の市外流出が大きな地域課題である」と危惧され、開学前から公立小松大学と地元産業界とのパイプ役として支援体制を構築し、開学後も公立小松大学協力会の発足に向けて尽力されたほか、今年9回目を迎える地元高校生と強豪校が切磋琢磨して競い合う「小松勧進帳高校野球交流試合」を創設し、地域の若者の人材育成にも貢献されました。

「若者に小松の魅力を感じてもらい、地域を盛り上げたい」と語るとおり、優秀な学生の入学や卒業生の地元定着につながっており、また試合をきっかけに交流が生まれ、毎年その輪が広がっています。

座右の銘は「健康第一」という氏は、毎週社員の方々と木場潟のウォーキングを行っており、今年で18 年目を迎えます。「誠実・信用・和の精神」を信条に、思いやりのある性格と穏やかで人望の厚い人柄、自ら決めたことに率先して挑戦する信念を持ち、企業経営や商工会議所での事業運営等を通して、永く地域経済の振興・発展に努められた功績は、市の発展に大きく貢献されています。

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