更新日:2020年04月14日

尾小屋鉱山資料館概要及び歴史

尾小屋鉱山資料館外観

尾小屋鉱山資料館外観

尾小屋鉱山資料館 とは

尾小屋鉱山は、明治10年代から本格的な採掘がはじまり、90年余、日本有数の鉱山として繁栄した鉱山です。

当館は、その尾小屋鉱山にまつわる資料館です。
尾小屋鉱山に関する歴史的資料や鉱石や鉱物資料を紹介する「資料館」と、昔の坑道を利用した「マインロード」から成ります。

資料館では、尾小屋鉱山や鉱物について幅広く学んだり魅力に触れたりできます。

また、マインロードでは、採掘の様子などが再現されており、当時の雰囲気を体感できます。内部は1年を通じておよそ摂氏15度の気温で、夏の暑さからの逃避にも適しています。

資料館の様子

資料館に入ると、昭和11年の様子がわかる大きな写真パネルがあります

資料館に入ると、昭和11年(1936)の様子がわかる大きな写真パネルがあります

尾小屋の地質や鉱脈を紹介するコーナー

尾小屋の地質や鉱脈を紹介するコーナー

精錬のプロセスで生まれる「カラミ」を六角柱の建材に加工し使用していたことを紹介するコーナー

精錬のプロセスで生まれる「カラミ」を六角柱の建材に加工したことを紹介するコーナー

尾小屋で採取された、大きく美しく結晶した石などを紹介するコーナー

尾小屋で採取された、大きく美しく結晶した石などを紹介するコーナー

マインロードの様子

坑道を利用した「マインロード」の入り口

坑道を利用した「マインロード」の入り口

木製の補強材(支保)で囲まれた坑道内。地面は歩きやすいよう、コンクリートになっています

木製の補強材(支保)で囲まれた坑道。床は歩きやすいようコンクリートになっています

湧きだす水を排出する作業の様子を再現したコーナー

湧きだす水を排出する、江戸時代の作業の様子を再現したコーナー

鉱石をトロッコに積み込む作業を再現したコーナー

鉱石をトロッコに積み込む、昭和時代の作業を再現したコーナー

尾小屋鉱山の歴史概要

尾小屋鉱山の始まりは詳しくは知られておらず、本格的に採掘がおこなわれるようになったのは明治時代に入ってからです。

明治13年(1879)、吉田八十松らが採掘を始め、加賀藩の家老の家柄の横山家13代・横山隆平と、その叔父・横山隆興が加わりました。翌明治14年(1881)に、横山隆平が鉱業権一切を買い取り、「隆宝館・尾小屋鉱山」を創業し、発展していきました。

明治37年(1904)には、尾小屋鉱山と平金鉱山(岐阜県)を合併し、合名会社・横山鉱業部を創立し、日本有数の鉱山へ発展しました。

しかし、大正9年(1920)より経営が悪化し、昭和6年(1931)に宮川鉱業に売却され、続いて日本鉱業株式会社へ譲渡されました。日本鉱業は、戦争期の増産やその後の操業中止などを経て、昭和30年頃(c.1955)に生産のピークを迎えます。

ところが、良質鉱の枯渇、製錬コスト上昇、外国から安価な銅の輸入増大などにより、次第に経営が悪化し、昭和37年(1962)には尾小屋鉱山本山が閉山しました。日本鉱業株式会社から分離独立した北陸鉱山株式会社が続けていた大谷支山(大谷坑・金平坑)を中心とする操業も、昭和46年(1971)には閉山し、これをもって尾小屋鉱山の全面廃止となりました。

(もう少し詳しく知りたい場合は、下のファイルリンクをクリックしてください)

横山家経営期の尾小屋鉱山(本鋪坑口)

横山家経営期の尾小屋鉱山(本鋪坑口)

尾小屋鉱山事務所(昭和33年=1958)

尾小屋鉱山事務所(昭和33年=1958)

関連施設

基本情報

石川県立尾小屋鉱山資料館
住所 石川県小松市尾小屋町カ1-1
電話 0761-67-1122
休館日 水曜日(祝日の場合、開館)、祝日の翌日(土日祝日は開館)
12月1日~翌年3月24日(冬期休館)
開館時間 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
入館料

資料館とマインロード(坑道)の共通です。

一般 500円
団体(20名以上) 400円
高校生以下は無料

小松ミュージアムパス(年間券、1週間券、シニア券)が使えます。

交通 JR小松駅より車で約30分
小松インターチェンジより車で約40分
小松空港より車で約40分
(国道8号から東山インターチェンジで国道416号に入り大倉岳スキー場へ直進。大倉岳スキー場駐車場の直前。)
駐車場 普通車約20台(大型バス駐車可)

その他

この記事に関するお問い合わせ

石川県立尾小屋鉱山資料館

〒923-0172 石川県小松市尾小屋町カ1-1

電話・ファクシミリ 0761-67-1122