更新日:2018年11月30日

白山大権現(はくさんだいごんげん)の夢(ゆめ)のお告(つ)げ

小松の昔話「白山大権現の夢のお告げ」の一コマのイラスト

泰澄大師(たいちょうだいし)が養老(ようろう)2年(ねん)(718年(ねん))、白山(はくさん)に登(のぼ)って修行(しゅぎょう)をしておられると、夢(ゆめ)の中(なか)に白山大権現(はくさんだいごんげん)が現(あらわ)れ、「この白山(はくさん)のふもとから山川(やまかわ)をこえて5、6里(り)(1里(り)は約(やく)4キロ)ほど行(い)った所(ところ)に粟津(あわづ)という村(むら)がある。その村(むら)には温泉(おんせん)が自然(しぜん)にわき出(で)ており、いろいろな病気(びょうき)を治(なお)す力(ちから)を持(も)っている。この温泉(おんせん)は、薬師如来(やくしにょらい)が人々(ひとびと)の難病(なんびょう)を治(なお)そうとの慈悲深(じひぶか)い思(おも)いで、ここへわき出(で)るようになさったものである。ご苦労(くろう)ではあるが、これからその村(むら)に行(い)って、村人(むらびと)と力(ちから)をあわせて温泉(おんせん)を掘(ほ)り出(だ)し、いついつまでも病気(びょうき)の苦(くる)しみから人々(ひとびと)を救(すく)ってあげなさい」といわれました。
大師(だいし)はさっそく山(やま)を下(お)りて、粟津(あわづ)の村(むら)に行(い)かれました。大師(だいし)は白山大権現(はくさんだいごんげん)の夢(ゆめ)のお告(つ)げを話(はな)し、村人(むらびと)と一緒(いっしょ)に東(ひがし)に西(にし)に探(さが)されたところ、5、6日(にち)のうちに温泉(おんせん)がわき出(で)てきました。ためしに病人(びょうにん)を呼(よ)んで入浴(にゅうよく)させると、不思議(ふしぎ)なことに永年(ながねん)の病気(びょうき)がたちまち治(なお)りました。
村人一同(むらびといちどう)が大師(だいし)の前(まえ)にひざまづいて、「今(いま)ありがたい温泉(おんせん)がわき出(で)ましたことは、白山大権現(はくさんだいごんげん)のお告(つ)げと、和尚様(おしょうさま)の高徳(こうとく)のおかげでございます。私(わたし)たちはここにお寺(てら)を建(た)てて、いつまでも仏法(ぶっぽう)の御恩(ごおん)を感謝(かんしゃ)したいと思(おも)います。どうか私(わたし)たちにお寺(てら)の本尊(ほんぞん)をお授(さず)けください」と頼(たの)みました。すると大師(だいし)は、聖観世音菩薩(せいかんぜおんぼさつ)と薬師如来(やくしにょらい)の姿(すがた)を刻(きざ)んで村人(むらびと)に授(さず)けました。喜(よろこ)んだ村人(むらびと)は、りっぱな寺(てら)を建(た)ててこの仏像(ぶつぞう)をおまつりしました。これが養老山薬王寺(ようろうざんやくおうじ)(後(のち)の大王寺(だいおうじ))です。