更新日:2021年07月15日

仏御前(ほとけごぜん)

小松(こまつ)は、浄土真宗(じょうどしんしゅう)(一向宗(いっこうしゅう))の信者(しんじゃ)や寺院(じいん)が多(おお)く、古(ふる)くから「真宗王国(しんしゅうおうこく)」と呼(よ)ばれてきました。そんな信仰心(しんこうしん)が根付(ねづ)く地(ち)であることを象徴(しょうちょう)するのが「仏御前(ほとけごぜん)」物語(ものがたり)です。それは、初(はつ)の武家政権(ぶけせいけん)をたてた「平清盛(たいらのきよもり)」に寵愛(ちょうあい)された白拍子(しらびょうし)(歌舞(かぶ)を舞(ま)う芸人(げいにん))の波乱(はらん)に満(み)ちた生涯(しょうがい)です。

仏御前(ほとけごぜん)は、永暦(えいりゃく)元年(がんねん)(1160年(ねん))の正月(しょうがつ)15日(にち)、小松(こまつ)に生(う)まれました。幼(おさな)いころからとても信仰心(しんこうしん)が厚(あつ)く、仏(ほとけ)と呼(よ)ばれていました。14歳(さい)の春(はる)、叔父(おじ)の招(まね)きで京都(きょうと)に出(で)て、白拍子(しらびょうし)になります。あるとき清盛(きよもり)は仏御前(ほとけごぜん)のその見事(みごと)な芸(げい)を見(み)ていっぺんにとりこになりますが、仏御前(ほとけごぜん)が清盛(きよもり)に寵愛(ちょうあい)されるのと入(い)れ替(か)わるように祇王(ぎおう)姉妹(しまい)は清盛(きよもり)の元(もと)を去(さ)り出家(しゅっけ)(仏門(ぶつもん)の道(みち)に入(はい)ること)します。それを知(し)った仏御前(ほとけごぜん)は、自(みずか)らも17歳(さい)で出家(しゅっけ)してしまい、仏(ほとけ)に仕(つか)えながら治承(じしょう)4年(ねん)(1180年(ねん))21歳(さい)の若(わか)さでこの世(よ)を去(さ)りました。

女性(じょせい)として、また若(わか)くして最高(さいこう)の栄誉(えいよ)を手(て)にしながら、この世(よ)の無常(むじょう)を悟(さと)って出家(しゅっけ)したいさぎよさと、その強(つよ)い意志(いし)へのあこがれから、仏御前(ほとけごぜん)の物語(ものがたり)は今(いま)も人々(ひとびと)の心(こころ)をとりこにします。

仏御前屋敷跡

仏御前屋敷跡(ほとけごぜんやしきあと)

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