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松雲堂の歴史

松雲堂の歴史

九谷窯元の殿堂であった「松雲堂」

明治から大正時代にかけて、外国へ輸出された九谷焼は「ジャパンクタニ」と呼ばれ、世界的なブームを呼びました。白磁に朱赤と金彩とに彩られた精緻な文様の美しさと、伝統の大和絵を思わせる色絵が調和した当時の「ジャパンクタニ 」ブランドは、ジャポニズムを好んだ欧米人の間にブームを巻き起こしました。明治10年頃から20年にかけてその輸出量は増加の一途をたどり、明治20年当初には生産額の8割を輸出品が占め、輸出陶磁器の1位となります。松本佐平が営んだ九谷窯元「松雲堂」はこの殿堂の一つに数えられます。


ジャパン九谷のふるさと「松雲堂」

本施設は、時代の変革期にあって、常に次代を見据え、創造と人材育成に尽くした松本佐平こと松雲堂左瓶をたたえ、こまつの文化、創作活動発信の一拠点として整備しました。現在の建物は昭和8年頃建てられたもので、昭和初期の小松の町家形式をとどめ、また、窯場には上絵付けを行った当時の錦窯を見ることができます。平成23年11月に改修工事を終え、現代町家として生まれ変わり、文化・交流の場として活用されています。