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発掘現場の紹介(平成21年度)

発掘現場の紹介(平成21年度)

平成21年度の発掘調査・確認調査の概要を紹介します。

漆町遺跡の発掘調査 

遺跡の所在地

小松市白江町地内

調査期間

平成21年4月6日~6月26日

1,000平方メートル

遺跡の時代

弥生・古墳・奈良・平安・中世

調査の概要

 梯川流域に広がる沖積平野は県内でもとくに遺跡が集中しているところです。漆町遺跡は、そうした梯川中流域の左岸(南側)に位置しており、漆町、金屋町、白江町、若杉町の4町にまたがる広範囲な遺跡です。
 今年度の発掘調査は、第一小学校の校舎改築事業に伴って実施したもので、第一小学校グランド内の約1,000平方メートルを調査しました。調査では、掘立柱建物跡1棟、溝跡7本が確認され、そのうちSD05(溝跡)では、古墳時代初頭の土器が比較的まとまって出土しました。

漆町遺跡・SD05(溝跡)から出土した土器


二ツ梨グミノキバラ古窯跡群の発掘調査 

遺跡の所在地

小松市二ツ梨町地内

調査期間

平成21年7月8日~8月31日

発掘調査面積

約200平方メートル

遺跡の時代

奈良・平安

調査の概要

 小松市林町から加賀市松山町までの低丘陵部には北陸最大規模といえる南加賀窯跡群が存在し、6世紀初頭から10世紀前半までの間、須恵器が焼かれ続けました。二ツ梨グミノキバラ古窯跡群は、この一角に位置します。
 9世紀代の粘土採掘坑、道路状遺構等が見つかりました。粘土採掘坑は、昨年度からの継続で調査したものであり、調査区内には7基の竪坑がありました。また、昨年度発見されていた平坦面(テラス面)に延びる道路状遺構も確認されました。隣接して発見されたこれらの遺構は、昨年度の成果も含めて9世紀代の粘土採掘作業場風景の復元に寄与する調査となりました。 

二ツ梨グミノキバラ古窯跡群・粘土採掘坑の全景

薬師遺跡の発掘調査 

遺跡の所在地

小松市矢崎町地内

調査期間

平成21年10月6日~10月28日、平成21年11月5日~12月1日、

発掘調査面積

137平方メートル、112平方メートル

遺跡の時代

古墳・飛鳥・奈良・平安

調査の概要

 薬師遺跡は木場潟の西側に面する台地上にあり、手前に木場潟、その後方に白山を望むという眺望のよいところに位置する集落遺跡です。飛鳥・奈良・平安時代の集落遺跡として知られています。
 今年度は個人住宅建築に伴う発掘調査を2件実施しました。10月に実施した調査では、掘立柱建物跡1棟、土坑2基を確認し、土坑2基のうち1基(SK14)からは8世紀前半の土器がまとまって出土しました。11月の調査では、竪穴住居跡1棟、掘立柱建物跡1棟、溝跡1本を確認。とくに竪穴住居跡は大型のもので、出土土器により6世紀前半(古墳時代後期)の住居跡と判断されます。これまでの薬師遺跡の調査においては6世紀前半の住居跡は見つかっておらず、現時点では薬師遺跡のなかで最も古い住居跡を確認しました。

薬師遺跡・大型の竪穴住居跡(SI13)

二ツ梨豆岡向山古窯跡群の発掘調査 

遺跡の所在地

小松市二ツ梨町地内

調査期間

平成21年9月1日~12月11日

発掘調査面積

約600平方メートル

遺跡の時代

奈良・平安

調査の概要

 二ツ梨豆岡向山古窯跡群も、南加賀窯跡群の一角に位置します。5年計画で進められてきた調査の最終年となる平成21年度の調査の結果、昨年調査した末木窯の6号窯の下から13号窯を検出しました。また、4号窯灰原、炭窯、焼土坑、工房跡を検出しました。
今回の調査では、農地開発に伴い約2,480平方メートルを対象に、平成17年度から発掘調査を実施しています。これまで約1,080平方メートルが完了しており、平成19年度は、約150平方メートルを調査しました。
 13号窯は9世紀前半に操業された須恵器窯で、重複する6号窯によって床が掘り込まれていたため、部分的にしか残っていませんでした。しかし、製品を固定させるための置台や焼台が癒着し1枚の板状になっており、厚さは5cmに及んでいました。窯の中が極めて高温になっていたと考えられます。6号窯は、この固い床を破って造られていることがわかりました。
 4号窯の灰原は、近代の造成の影響によって残存する範囲は狭いものでしたが、須恵器焼成時に出る大量の灰を含む層と、焼き損じて捨てられた須恵器片が大量に見つかりました。

二ツ梨豆岡向山古窯跡群・13号窯の完掘状況


松谷寺跡の発掘調査 

遺跡の所在地

小松市五国寺町地内

調査期間

平成21年7月13日~9月15日

発掘調査面積

8,000平方メートル

遺跡の時代

奈良・平安

調査の概要

 本年度は、昨年度調査を行った北西側平坦面の補足調査を行いました。その結果、平坦面を造成した痕跡や小穴は確認されませんでしたが、柱穴となるような穴は検出されず、建物跡は確認されませんでした。また、遺物の廃棄場所を探す目的で、谷部や斜面裾部の調査も行いました。しかし、そのような場所は確認されず、遺物は元々少なかったのか、廃絶時に片づけられたと考えられます。
 出土遺物は、古代では10世紀~11世紀の土師器埦の底部が出土したのみです。ただし、縄文土器の破片が造成土内から少量出土しています。よって、平坦面が人為的に造成されたことは確実であり、極少量ですが古代の遺物も出土していることから、その時期に何らかの活動が行われたことは言えそうです。

松谷寺跡・平坦面精査の様子

小松城跡の発掘調査 

遺跡の所在地

小松市丸の内公園町地内

調査期間

平成21年10月27日~12月9日

発掘調査面積

200平方メートル

遺跡の時代

近世

遺跡の概要

 今回の調査では、小松城三の丸堀南側の護岸石垣が発見されました。この石垣は、現存する絵図には描かれていなかったものであり、小松城跡の実像を示すものとして重要な発見です。前田利常在城時のものとみられますが、時期が下る可能性もあります。
 石垣は、切込接ぎで布積みと乱積みの中間の積み方といえます。石材は角礫凝灰岩で、八里~鵜川~大野にかけての丘陵部で切り出されたものです。排水と裏支えのたもの裏込石が、幅約2mの範囲に隙間なく詰め込まれていました。
 石垣は、堀底まではあと2段あり、根石を含め4段分が存存しています。当地は地盤の弱い湿地であることから、石垣の崩落を防ぐため、堀底には松材の丸太胴木とその前面の止め石による基礎工事が施されていました。
 遺物は、江戸時代前期のいぶし瓦や後期以降の桟瓦、かわらけ、陶磁器などが出土しています。

小松城跡・石垣の検出状況 小松城跡・検出された石垣