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滋賀県米原市 米原曳山祭保存会 松翁山組

滋賀県米原市 米原曳山祭保存会 松翁山組
米原松翁山

 米原曳山祭保存会は、「米原曳山まつり」の振興と曳山の保存及び狂言、囃子の育成と図る事を目的とする団体である。
 米原曳山まつりは、鎮守湯谷神社の祭礼として長浜の曳山祭を見習って、江戸時代の後半期に始まったといわれています。交通の要衝としての繁栄にともない、明和年間(1764~72年のころ)に曳山が建造され、曳山狂言が始まったものと思われます。その後、曳山の造り替えなどが行われて、今日に至っています。
 曳山まつりは10月の体育の日を含む3連休に執り行われ、旭山組(北町)・松翁山組(中町)・壽山組(南町)の3つの組に分かれて実施されています。各山組とも祭の運営・運行等は、主に若連中によって行われ、相談役として世話方(若衆を卒業した人)がいます。子供歌舞伎の役者は各町の小学1年?6年の男の子が演じます。



■ 仮名手本忠臣蔵 七段目 祇園一力茶屋の場
  (かなでほんちゅうしんぐら しちだんめ ぎおんいちりきちゃやのば)

 鎌倉・扇が谷の上屋敷を明け渡した後、大星由良之助の一家は、京・山科でひっそりと暮らしています。世間では、塩谷判官の家臣がいつ主君の敵を討つかと取沙汰していますが、由良之助はだらしなく遊びにふけっています。今夜も、由良之助は祇園一力茶屋で大いに酩酊しています。そこへ、大星力弥が顔世御前からの密書を届けました。
 二階の窓辺では、遊女となった早野勘平の女房・お軽が酔いを醒ましています。お軽は、由良之助が読み始めた手紙を、好奇心から延鏡に映して覗き読みました。気づいた由良之助は、密事を知ったお軽を殺すつもりで身請けをもちかけます。お軽の兄・寺岡平右衛門は、身請けの真意を察し、手柄を立てて敵討ちの供に加えてもらおうと妹に斬りかかります。
 驚くお軽は、父・与市兵衛の死と、夫・勘平の切腹を聞かされ、覚悟を決めました。まさに刀が振り下ろされようとするところを由良之助が制し、平右衛門を供に加えます。お軽には、高師直に内通し、由良之助の真意を探るために床下に忍び込んでいた斧九太夫を夫・勘平の代りに討たせました。



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